もしもの話をしようか。
どんな些細なことでもいい。
逆に君の人生を覆す様なくらい大きな「もしも」も面白い。
もしも夕食がそばでなくうどんだったら?
もしも他の学校に通ってなかったら?
もしもこの世に生まれてなかったら?
例えばだよ、もしも君がこの世に生まれなかったら、いや、この学校に入らなければ、僕と君が出会うことは決してなかっただろうね。
同じように、もしも僕が幼い頃交通事故にあって死んでしまっていたら、もしも僕が不登校児になっていたら、君と僕は出会わなかっただろう。
つまり僕たちがこうして出会って、こうして話をしているのは、一種の運命のようなものではないか?
そうだろう?
もし入学式のあの日君が後五分早く起きていれば、僕が定期券を買うのに手間取っていなかったら、ぎりぎりの電車に間に合ったはずだ。
そうすれば二人とも学年主任の注意を受けることも、罰掃除をさせられることもなかった。
僕たちは出会うべくしてであったんだ。
僕だけじゃない。君が今までであった人全て、そしてこれから出会う人全て、運命の糸でつながっているんだよ。
だからね、僕の身に起こったことも、君の身に起こったことも、全て運命なんだ。
僕は君のことを恨んでなんかないし、君も僕のことを気にしなくて良い。
ただ少しだけ悲しんでくれれば、
そう、ほんの数分でも、数秒でも、
ただ悲しんでくれればそれで良い。