下の続き。
深い海の底の、さらに深い所に住む魔法使いの下へ、レティは向かった。
「私、人間になりたい」
「断る」
すっぱりと彼女の願いを切り捨てたのは、幼馴染のタクトだった。
寝癖でぼさぼさの髪の毛は、彼が水の影響を受ける事のない魔法使いである事を表している。
いつもはやる気のなさそうなぼんやりした瞳に、珍しく鋭い光を宿し、強い口調で続けた。
「王子様を助けたんだって?ミーシャから聞いたよ。それで伝説の人魚姫ごっこでもしようって言うのかい?言っとくけど、一度人間になったらもう人魚には戻れないよ。これは遊び半分な中途半端な名気持ちでする事じゃない」
「中途半端な気持ちなんかじゃない。私が王子様を愛しているのは中途半端な気持ちじゃないわ」
むっとして言い返す。
「じゃあ聞くけど、君は王子様の何を知ってるワケ?君が知ってる王子様はただの外見でしょ?人間は汚い。王子様だって権力の上にあぐら掻いてるただの人間なんだ。第一人間になった所で君は王子様とは一緒になれないよ。身分も何もないただの小娘が謁見を許されるとでも思ってるの?ましてや結婚なんて無理だね。無理無理無理。」
タクトは吐き捨てるように言った。
「人間になったら、ミーシャとはもう会えないんだよ?」
しばしの沈黙の後、レティはうつむきながらゆっくりと口を開いた。
「わかってる。現実がそんなに甘くない事も、もう二度とミーシャに会えなくなる事も」
「でも、それでも私、人間になりたいの。王子様と同じになりたいの」
やがてゆっくりとタクトはため息をついた。
「君が恋してるのは、人間でも王子でもない。人魚姫の伝説だ」
「そうかもしれない。だけど、そうだとしても、私はやっぱり人間になりたいの」
「後悔するよ」
「ここで諦めても後悔はするわ」
ゆるゆると首を横に振りながら、タクトは小瓶を取り出した。
「これを飲めば、君は人間になる。人間は海の中で息をする事ができないから、くれぐれも水が深い所で飲まないでくれ」
ぱあっと、表情を輝かせ、彼女は笑う。
「ありがとう、タクト」
レティが嬉しそうに去って行くのを見送り、タクトは静かに言った。
「で?ミーシャ、君は何の用事?」
薬を飲んだとき、激痛の中で確かに自分が「ヒト」になって行くのを感じた。
(ああ、今、私の尾が足になっている)
「ヒト」になったら王子様に会いにいこう。
王子様は私を覚えているかしら。
私を愛してくれるかしら。
他に愛している人がいたら、とうしましょう。
(それじゃあまるで、伝説の人魚姫だわ)
ふふ、と楽しげに笑いながら、レティは気を失った。
目が覚めた先に何があるか、知りもしないで。
(続)